2019/06/30(日)令和

もう7月にもなろうとしているが、遅ればせながら「令和」について

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万葉集からの引用だそう

 于時、初春月、氣淑風、梅披鏡前之粉、蘭薫珮後之香

 時に、初春の月にして、気淑よく風ぎ、梅は鏡 前の粉を披き、蘭は珮後の香を薫す。


この歌のわかりやすい解釈(訳)は以下のようだ

 時あたかも新春の好き月(よきつき)、空気は美しく風はやわらかに、梅は美女の鏡の前に装う

 白粉(おしろい)のごとく白く咲き、蘭は身を飾った香の如きかおりをただよわせている]

 (「令和」を考案した国文学者 中西進さんの昭和59年の著書「萬葉集 全訳注 原文付」の中での訳)



いろいろと狙いすぎてる感があるが

日本の元号としては、間違いないような気がする

「昭和」から「平成」に変わったときは働き盛りな20代後半だった

平成になった1989年1月8日前日(すなわち1月7日金曜日)に私が幹事の

会社飲み会があったことを覚えている

なぜ覚えているかというと、どういうわけか「幹事」なのに真っ先に酔っ払い

1次会のあと3次会の午前3時ごろまで付き合ってたらしいのだ

「らしい」というのは、当時の同行者には若気の至りでホントに申し訳ないが

1次会途中からまったく記憶がなかったから

気が付いたら家で寝ていて、起きてTVを付けたら「平成」になったことを告げる

ニュースが。。。

てなことで「平成」に変わったときのことをよく覚えているわけだ

実はこの平成に変わる前後、個人的に人生の中で激動の数年を過ごしており

翌年には結婚することになるが、そんなことまったく予想もできなかったけど

早いもので、あれから30年たって「令和」になった

考えると、年齢のせいかもしれないが、あのころに比べると「他人を気にする」ようになった

基本的な考え方やスタンスは変わっていないが、年月を重ねると

やはり皆大人(いわゆる)になっていくんだな

いまだに自分自身びっくりするくらい柔和になったものだとは感じるし

そういう意味で

昭和から平成を経て令和にいたる半世紀にわたる年月を

しみじみありがたく感じる今日この頃である

2019/06/19(水)沖縄そば

最近、沖縄そばを食べてあらためて「うまいなあ」と思った店がある

たまたま親戚の家に遊びにいった際、通りがかりに入った食堂である。

那覇市長田のとある食堂(この日休みだった)



昔ながらの「あんまあ」が切り盛りするいわゆる沖縄的な食堂

メニューがたくさんある中、結局選んだのは無難な「沖縄そば大」

通りに面した明るい席に着席し、5分ほど待っていると

「The沖縄そば」といわんばかりのドノーマルなそばがどんと

目の前に置かれる。

澄んだ豚骨カツオだしスープに、やや縮れのある中太麺、3枚肉1枚

ちきあげ(かまぼこ)1個というスタイル

そう、小さいころ慣れ親しんだあいつだ

一口食べてみる。。

ほっとする。

これよこれ、久しぶりに食った(この店始めてだが)けど

やっぱりこういうのがうまいよなー

昨今(といってもかれこれ20年)の沖縄そばの事情はいろいろ複雑だ

カレーや麻婆、香辛料などの辛い味付け、いろんな動物、魚の複雑な出汁

手打ち麺に数種類のつなぎ、無添加素材の使用、つけ麺的なアプローチ

若いころはしらなかったけど、宮古そばや大東そばなどの派生的なものも

あって、家族でよく食べ歩いたりしてきたが、ラーメンと同じような展開で

いつも驚かされる

ときどきそれらの”ニューウェーブ”な沖縄そばに感嘆することもあるのだが

やはり定番的に食べたくなるのは、いたって普通の沖縄そばだ

私の心の中にいつも存在する、その普通の「沖縄そば」とは。。。

弾力ありそうでないボソッとした麺と、これを湯通しして、シンプルなかつお出汁をかけ

具に丸かまぼこを切った1片と豚赤肉を煮たチャーシュー的な1片にネギ少々トッピングで

出され、紅ショウガと唐辛子をかけて一気に貪り食う

これがうまいんですよ

違う?

2019/06/18(火)梅雨

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只今梅雨真っただ中である

数年前から私の仕事してるデスクのすぐ横で

天井より雨漏りしている

都度大家に進言して見てもらってるのだが

明り取り用の窓のすきま?からの雨の侵入ということもあり

根本対処ができずいまだに治らない。。

2019/06/15(土)検診

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今朝は一年ぶりの簡易人間ドック

採血して、バリウム飲んで台の上でぐるぐるまわされ

問診うけて生活習慣病予防支援を受ける

がっきー似の管理栄養士のTさんとも数ヶ月ぶりに
お話でき楽しかった❗️ やっぱりいい娘だな~

2019/06/12(水)ビジネスホン

会社のビジネスホンシステムを13年ぶりに入れ替えることになった。

ワイヤレス電話機の電池問題以外は、業務に支障があるようなトラブルが
まったくなく、使い続けてきた優秀?な通信機器だった。

しかし、これといった問題もないのに買い替える場面において
いったいなにを期待して新しいシステムを導入するのか、逆に選定に
困ってしまっている。

昨今のネット社会の中、現在のビジネスホンの市場は縮小傾向で
メーカーも淘汰され国内では数社のみが市場投入している現在は
ただでさえ選択子が少ない
目新しい機能としてはIP電話可能ということくらいだろうか

実際のところ、いまはメールもあれば、携帯もある。
固定電話がなくなっても主業務に大きなインパクトを与えないと思うが
不特定の着信運用となる代表電話がなくなるインパクトが強く、これが
引き続き使い続けたい唯一の理由である。

この理由のためだけに存続させる社内資材にかける妥当なコストはどのぐらい
だろう。
システムが変わることによる教育だとか運用決め、広報などにかかるコストと
はたして電話に必要性を感じないと思われる社員への新しいビジネスホンシステム
利用の無理強いは、意味のあることなんだろうか。。

というようなことを考えながら、社内ネットに導入するPBXのバックエンド設計
を進めている。

2019/06/07(金)閃輝暗点とは

まず、視覚障害が起きる。突然、視野の真中あたりに、まるで太陽を直接目にした後の残像のようなキラキラした点が現れる。視界の一部がゆらゆら動きだし、物がゆがんで見えたり、目の前が真っ暗になったり、見えづらくなる。その後、みるみるうちに点は拡大していく。ドーナツ状にキラキラと光るギザギザしたガラス片や、ノコギリのふちのようなもの、あるいはジグザグ光線のような幾何学模様が稲妻のようにチカチカしながら光の波が視界の隅に広がっていく。これは無数の光り輝く歯車のような点が集まり回転しているようでもあり、視界の大部分が見えなくなることもある。これらの視覚的症状は短時間に進行する。そしてこの閃光と暗点は5分から40分ぐらいで広がって、視野の外に出て消えていく。この症状は目を閉じていても起きる。症状が治まった後、引き続いて片頭痛が始まる場合が多い。この後に頭が割れてしまいそうな激しい片頭痛が3~4時間続き、強烈な吐き気・嘔吐などを伴うことが多い。

これら症状は若年の場合、年齢と共に回数も減りそのうちにほとんど起こらなくなる。

中年の場合で、閃輝性暗点だけあって、その後に頭痛を伴わない場合は、まれに脳梗塞、脳動静脈奇形、脳腫瘍や、血栓による一過性の脳循環障害が原因である可能性がある。

2019/06/06(木)再開

本日より中断していたブログ的な投稿を再開する。

再開するにあたり、ブログ名称をなんにしようか一考した

自分の生きている中で実感し、最も他者へ伝えたいことにちなんだネーミング
にしようと思った。

生まれたときから水槽の中で暮らしている金魚は、水の存在に気がつかない。

知らないことが不幸とは言い切れないが、知らないことの罪ということもある

知る機会があるのに知ろうとしない愚かさを、あらゆる人に伝えられるよう
努力していきたい

おそらく私の人生は既に折り返し点を通過しているので。。。、