2026/07/22(水)Sadness

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テクノロジーが進み

すごく便利な世の中になった

教育システムが高度化し

インターネットの普及もともない

いまや必要のない情報まで

感嘆に流通する時代となってしまったのだ

その結果、すべての人の考えがそうとはいえないが

3次産業の辛く、めんどくさい仕事で

稼ぐ考えを持った人たちもずいぶん少なくなった

こうなると

仕事っていったいなんだ

という疑問でいっぱいになる

自分たちが「仕事」に求めていた

価値観までがらっと

かわってしまった

単純に他人と会話するのに

気を使わなければならなくなったり

いかにして働かずに

国や自治体の支援で食っていくか

そればかr求める人も多くなった

自分自身も「生活保護」家庭で

そだったこともあり

「生活保護」のありがたみは十分

承知しているし

消して自慢できることではないが

保護が打ち切られるペナルティの

回避方法についての戦略ももっていた

でもそれは

自立し親が健在だったころまでのことで

特に健康に不安のなかった自分は

結婚して独立世帯となったころに

すべて「自立」するという強い意志で

行政の世話になる考え方は捨て去ったのだ

ひょっとすると

そのように生きてこれたことは

現代社会の若者にとっては

「意味不明」

「理解不能」

なことなのではないだろうか

実際、振り返ってみると

自分自身の身に何事もなく

メインの仕事も定年まで勤めあげ

税金や年金が納められないようなこともなく

すごしてきたことは

すごく幸せなことだったと痛感している


全ての人がこのように

便利な情報流通の世の中で

頭でっかちに

変な風に賢くなったのだろう

承認欲求というどのような人間も

持っている潜在的な意識も

昔は表現すること自体難しかったが

最近は簡単に表現できるようになって

誰しもが、自分の「正義」を振り回せるようになった。

しかし万人にとっての「正義」はありえない

そのことを知らない人たちは

自分で火消し・始末ができる

結果、心を閉ざすか命を絶つ悲劇を多数生んでいる


そして。。

自分が子供の頃に

普通に習慣化していたことが

ものすごく悪いことのように

扱われている

確かに突き詰めて考えれば

そういうような習慣はいまでも

「悪」であると言い切れるところもあるが

その「善」と「悪」のジャッジも

自分のなかであいまいにでも

自分自身できめなければ

ならなかったことは

すごくよかったと思っている

現在では、これが難しくなっていると思う